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北陸のあるご僧侶の文章が分かりやすいので、再びここに、前回よりも多めに(重複しますが)引用させてもらいました。
『・・ところが、そんな23〜4才の私に、17〜8年前(1978〜1980年頃)のことですが、京都へ向かう列車の中で不思議な出会いがありました。
福井から列車に乗って来た、年の頃は35〜40歳位の青年が、私の正面の座席に座りました。
そして、私に話しかけて来ました。
「兄ちゃんは何処の者や?」
「石川県・能登半島の先端の輪島の者です。」
「俺はなァ、五木ひろしの実家の近所の者や。
五木ひろしのおかあさんはなァ、五木ひろしを苦労して育ててなァ・・・・」
などと、五木ひろしの幼い頃や家庭の話を始めました。
私は、彼の五木ひろし物語をフンフンと興味深そうに聞いていました。
五木ひろしの話題が一段落着いたところで、彼が突然、
「ところで、兄ちゃん、原発って知っとるけ?」
と、聞いて来ました。
私は、五木ひろしの話から、彼が原発の建つ福井県美浜町の人だと分かっていましたから、待ってましたとばかりに、
「福井県はすごいですよねぇ。
いち早く原発という最先端の科学技術を受け入れて、県の発展を目指していますよね。
それに比べたら、石川県なんてものの考え方が古くていけませんよ。
福井県を見習って、どんどん新しいものを取り入れていかなければ衰退するばかりだと思いますよ・・・・」
と、彼がきっと喜んでくれるだろうと、日頃の主張を話しました。
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