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秋はもうすぐ

 投稿者:紅の狸  投稿日:2017年 8月10日(木)07時15分39秒
  明日から所用にて、いささか多忙になりますので(笑)、都合により、8月20日頃までブログはお休みといたします。暑さ厳しき折柄、皆々様呉々もご自愛いただきますように。   たぬ  
 

余裕のよっちゃんですね

 投稿者:紅の狸  投稿日:2017年 8月 9日(水)08時56分0秒
編集済
  さすが、小野田航空隊・補給中隊長をお勤めになられた、実績と貫禄で100点満点とは・・・・。100歳まで25年ありますので、末永く、空と地上の安全運行をお願いいたします。

さて、今日は待望の雨とやらで、畑に出て雨を待っているのですが、西の方から怪しい雲はあるものの、未だまだ・・・・・トホホにならなければ良いのですが、はて!?   たぬ
 

ブログ再開

 投稿者:じいさま。  投稿日:2017年 8月 8日(火)10時48分29秒
  祝毎日楽しみにしていたブログ、小野田とつながっていた赤い糸が切れたかな

と思っていたら再開、四中長ありがとうございました、又情報発信をお願いします。

先日、自動車学校で免許更新の後期高齢者講習を受講しました、当日9人受講49点

未満記憶、判断力低下、3人別室に49~76点少し低下、76点~以上問題なし

じいクリア、3問題満点54点、1問正解ごとに加算され総合点100点どうなっているの???

教官いわく、痴呆症の方は時計の1~12が定位置に書けなく、指定時間に長針、短針が

書けないそうです、じいも3年先の更新如何になりますやら・・・皆さん四中長のブログを

お借りし近況をお知らせください。
 

日本再訪と原爆投下批判

 投稿者:紅の狸  投稿日:2017年 8月 8日(火)07時16分46秒
編集済
  パール博士の欄から引用すると

パールは昭和27年(1952年)11月3日より4日間、「世界連邦アジア会議」の講演のため広島市を訪問した。4日の講演「世界に告ぐ」では「広島、長崎に原爆が投ぜられたとき、どのようないいわけがされたか、何のために投ぜられなければならなかったか」など、原爆投下を強く非難した

講演では、「いったいあの場合、アメリカは原子爆弾を投ずべき何の理由があっただろうか。日本はすでに降伏すべき用意ができておった」「これを投下したところの国(アメリカ)から、真実味のある、心からの懺悔の言葉をいまだに聞いたことがない」、

連合国側の「幾千人かの白人の軍隊を犠牲にしないため」という言い分に対しては「その代償として、罪のないところの老人や、子供や、婦人を、あるいは一般の平和的生活をいとなむ市民を、幾万人、幾十万人、殺してもいいというのだろうか」

「われわれはこうした手合と、ふたたび人道や平和について語り合いたくはない」として、極めて強く原爆投下を批判した。

原爆慰霊碑碑文についての発言と碑文論争

5日には広島平和記念公園の原爆死没者慰霊碑の碑文にある「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」をナイルの通訳を通して聞いた後、日本人が日本人に謝っていると判断し「原爆を落としたのは日本人ではない。落としたアメリカ人の手は、まだ清められていない」との主旨の発言をおこなった

パールは二度三度と碑文の内容を確かめた後「憤ろしい不審の色」を浮かべて

「ここにまつってあるのは原爆犠牲者の霊であり、原爆を落したものは日本人でないことは明瞭である。落としたものの責任の所在を明かにして、"わたくしはふたたびこの過ちは犯さぬ"というのなら肯ける。

しかし、この過ちが、もし太平洋戦争を意味しているというなら、これまた日本の責任ではない。その戦争の種は、西欧諸国が東洋侵略のために蒔(ま)いたものであることも明瞭だ。」

「ただし、過ちをくり返さぬということが、将来再軍備はしない、戦争は放棄したという誓いであるならば、非常にりっぱな決意である。それなら賛成だ。

しかし、それならばなぜそのようにはっきりした表現をもちいないのか」「原爆を投下した者と、投下された者との区別さえもできないような、この碑文が示すような不明瞭な表現のなかには、民族の再起もなければまた犠牲者の霊もなぐさめられない」

これを発端として碑文論争が活発化した。この発言を聞いた本照寺の筧義章住職はパールを訪ね「過ちは繰り返しませぬから」に代わる碑文を要望し、パールは「大亜細亜悲願之碑」の文章を執筆した。

また、パール博士は次のように発言している

パールは『パール判決書「日本無罪論」』の中で、


「戦争に勝ち負けは腕力の強弱であり、正義とは関係ない。」

と記述している、また


「現代の歴史家でさえも、つぎのように考えることができたのである。すなわち『ハル・ノートのようなものをつきつけられれば、モナコ公国やルクセンブルク大公国でさえ戦争に訴えただろう』」

とA.J.ノックの言葉を引用して弁護したベン・ブルース・ブレイクニーの言葉をそのまま判決書に紹介している。これについて、日本の保守系論者(伊藤哲夫:日本政策研究センター)は「『戦争を始めたのは日本ではなく、アメリカなのだ』ということを意図したものである」と主張している。

戦犯被告による遺稿

パールの意見書に接し、多数決で死刑になった被告が歌を遺している。

東條英機 「百年の 後の世かとぞ 思いしに 今このふみを 眼のあたりに見る」

板垣征四郎 「ふたとせに あまるさばきの 庭のうち このひとふみを 見るぞとうとき」「すぐれたる 人のふみ見て 思うかな やみ夜を照らす ともしびのごと」

木村兵太郎 「闇の夜を 照らすひかりの ふみ仰ぎ こころ安けく 逝くぞうれ志き」

上記で「ふみ」と詠まれているのがパールの意見書のこと。

死出の旅路に、この文章を見せられて、心安けく旅立って行かれたことを思うにつけ、パール博士の偉大さがますます輝きを増してくる。 合掌

 

盟友インドの哲人・パール判事

 投稿者:紅の狸  投稿日:2017年 8月 7日(月)19時56分8秒
編集済
  NHkが東京裁判をドラマ化し、放映したものを見たが、その内容は、まさに、ヤルタ・ポツダム体制とちゃんころ史観に彩られ、吐き気を催すその内容に、笑いを禁じえないものであった。特にフィリッピンのちんころ判事などは、お調子者の代表者であろう(笑)

そもそも東京裁判などは、ニュールンベルグ裁判同様、認めてもいないが、インドのパール判事が出した「日本無罪論」は若年(中学生頃)から、存じており、希望を抱かせるものであった。現在、この歳になり、ますます、その思いが深まっていくのは、それが真理を突いているに違いないという、確信があるからである。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB

日本国、東洋平和のために、幾多の戦野,戦陣に倒れし英霊に対し、パール判事の詩を、捧げたい。

「激動し、変転する歴史の流れの中に、道一筋につらなる幾多の人達が、万斛(ばんこく)の思いを抱いて 死んでいった。

しかし大地深く打ち込まれた悲願は消えない。抑圧されたアジアの解放のため その厳粛なる誓いにいのちを捧げた魂の上に、幸あれ!!

ああ 真理よ!、あなたは我が心の中に在る。その啓示に従って 我は進む!!」

一九五二年一一月五日ラダビノード・パール
 

水が一番大切

 投稿者:紅の狸  投稿日:2017年 7月19日(水)20時44分2秒
編集済
  梅雨明け宣言も、空梅雨気味の帝都や関東甲信越には、いささか早すぎるきらいもあるが、これも、厳正なる大自然の理(ことわり)、逆らうべくもないが、当県においても、まだ、水量の足りないダムは数多くあり、今後の成り行き次第によっては。取水制限等も、予想される。

梅雨明け宣言から約1ヶ月あまり、盆頃まで、ほぼ一滴の雨も望めず、貯水池やダムのため水をやりくりして、なんとか凌いではいるが、幼少の頃から、梅雨の雨を、無駄にしないで、効率よく、貯めることはできないか、海や川に流さない方法はなかろうか・・・・・小学校の頃から、これを作文の題材にしたりしていたが、その度に先生や、周囲の大人が「恐ろしいことを考えつく子供だ・・・」とレッテルを貼られたことを思い出す。   たぬ

 

夏草や猛者(つわもの)どもが夢の跡

 投稿者:紅の狸  投稿日:2017年 7月14日(金)07時27分39秒
編集済
  名にしおう、ラバウル航空隊は中部太平洋に、君臨(くんりん)し、わずか3年6ヶ月の間とはいえ、米英連合軍に脅威を与え続けた、唯一の金字塔として、その名を轟かしめている。

また、そこで戦闘に参加した、陸海軍の操縦士の中には、米英にその名を知られ、今なを、世界各国の航空士官学校の教範や教科書に取り上げられ、また航空博物館や、国立国会図書館などに資料として収められている。

西沢広義、坂井三郎、武藤金義、岩本徹三、杉田庄一、杉野計雄・・・・・、歴戦のエースパイロットたち、そこには、祖国防衛のため、死力を尽くして闘った、男たちの歴史が刻まれている。

日本から遥か遠く6.000㌔あまり、パプアニューギニア・・・・一度は訪ねてみたい場所である。     たぬ
 

状況終わりの巻

 投稿者:紅の狸  投稿日:2017年 6月26日(月)06時11分7秒
  昨日は、最後となるハンガー清掃作業に、司令以下8名の中隊長が参加され、長年お世話になった、恩返しとばかり、感謝と報恩を捧げつつ奉仕作業に、邁進(まいしん)いたしました。参加された皆様、大変ありがとうございました。厚く御礼申し上げます。

お陰様にて、ゴミや備品はもちろんのこと床まで磨き上げられた、その姿には、心なしか寂寥感(せきりょうかん)が漂(ただよ)うものの、6月末、地主様に移管されるに相応(ふさわ)しい、状況には仕上がったと、思います。重ねて感謝の念を評したいと存じ上げます。      4中隊  たぬ
 

状況終わりまで粛々との巻

 投稿者:紅の狸  投稿日:2017年 6月17日(土)07時57分40秒
編集済
  昨日は、会長同伴にて、司令へご挨拶を済ませ、その足で、地主様にご挨拶に伺(うかが)ったところ、所長、業務部長様に対応していただき、長年の、御厚誼(ごこうぎ)に感謝を述べさせていただきました。

またその際には、懇親なお言葉とお見送りを頂戴し、感激も新たに、社を辞しましたこと、ご報告させていただきます。

古来我が国には、「発(た)つ鳥、後を濁(にご)さず」という厳格な作法が脈々と流れ、受け継がれております。

海軍士官などは、引越しの際、お世話になった下宿屋やアパートの畳を新調していったということが、語り継がれており、そこには溌剌(はつらつ)とした、清新な気持ちが伝わってきます。我が隊も、この事例に漏れず、撤収作業、粛々(しゅくしゅく)と完了致すつもりにしております。   4中隊  たぬ
 

厳正なる因果律の巻

 投稿者:紅の狸  投稿日:2017年 6月14日(水)07時26分7秒
  日々の生活様式において、晴耕雨読とはいかないものの、小生を含め、農作業に従事している者にとっては、この雨不足、いささか心配だが、梅雨前線が北上しない限り、雨はしばらく望めないと思われる。

昨年も同じ状況であったが、梅雨の後半から持ち直し、自然の恵み、運行の正確さに、感謝した記憶があり、年齢を重ねるごとに、その関わりを、強く感じさせられる気持ちになっていくのは、小生だけであろうか。    4中隊  たぬ

 

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